2008年08月24日

文壇うたかた物語 大村彦次郎

文壇うたかた物語@amazon (ちくま文庫 お 49-2) 大村 彦次郎 (文庫 - 2007/10)
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複雑な彼女と単純な場所 矢作俊彦

複雑な彼女と単純な場所@amazon (新潮文庫) 矢作 俊彦 (文庫 - 1990/12)
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ベイ・シティ・ブルース レイモンド・チャンドラー 小泉喜美子

ベイ・シティ・ブルース@amazon (アメリカン・ハードボイルド (2)) レイモンド・チャンドラー 小泉 喜美子 (単行本 - 1984/12)
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弁護側の証人 小泉喜美子

弁護側の証人@amazon (1978年) (集英社文庫) 小泉 喜美子 (文庫 - 1978/4)
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タフでなければ生きられない 都筑道夫

タフでなければ生きられない@amazon (1978年) 都筑 道夫 (- - 1978/11)
タフでなければ、生きられない。やさしくなれなかったら、生きているには価しない。(中扉の次のページ)
レイモンド・チャンドラー「プレイバック」
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ハードボイルドの探偵たち 各務三郎

ハードボイルドの探偵たち@amazon (1979年) 各務 三郎 (- - 1979/5)
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ハードボイルドの雑学 小鷹信光

ハードボイルドの雑学@amazon (グラフ社雑学シリーズ) 小鷹 信光 (単行本 - 1986/5)
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2008年08月19日

探偵日和 向井敏

探偵日和探偵日和@amazon 向井 敏 (単行本 - 1998/5)
「おれ」か「私」か(『探偵日和』所収、初出『アスティオン』平成元年秋季号)
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2008年08月18日

名探偵ただいま逃亡中 生島治郎

名探偵ただいま逃亡中@amazon 生島 治郎 (単行本 - 1990/6)(文庫 - 1993/7)
 私のハードボイルド小説観は次のようなものである。
「ハードボイルド小説は、アメリカに於いて、文明が極度に発達し、その結果腐敗しはじめたときに、その腐敗した部分を描くことによって成立した。…
 …、そういうフィクションの部分を描きながら、現実社会のリアリティをありありと読者に感じさせるところにハードボイルド小説の面白さがあるように思われる」
 この一文は、私が『追いつめる』で直木賞を受賞した後に発表したものだが、編集者時代から既にこういう考えを持っており、日本においてもハードボイルド小説の誕生は可能だと思いつめていた。(P.18-19)

ロアルド・ダールの『南から来た男』(P.48)

樅の木は残った(P.74)

 どうやら、私にはハードボイルド作家というイメージがつきまとっているらしい。直木賞の受賞作がハードボイルド作品だったので、そういう印象で見られがちなのだが、本人はそれはちょっと違うと思っている。
 たしかに、フリーになって作品を発表しはじめたころは大いにハードボイルドにこだわってやろうという思い入れがあった。

ハードボイルド小説を書くように、いろんな書き手にすすめてみたがはかばかしい返事は得られなかった。
 …・それじゃあ、自分で書いてみようかと私は変に力みこんでしまった。ハードボイルド小説――それもタフガイ小説ではない、ハメット、チャンドラー、マクドナルドの作風に近いハードボイルド小説を書いてみようじゃないか。若気の至りでそういう大それた望みを抱き、私は自分なりのトライをした。
 …
 …。自分の書きたいもの――つまり、自分がエンターテインできるものを読者に伝えるには、いろんなスタイルいろんなテクニックが必要なわけで、そこでハードボイルドのジャンルにこだわっていては窮屈でしょうがないし、テーマが死んでしまう。
 …。だから、のちにはタフガイ・ストーリイにも、奇妙な味の作品にも、サスペンスにも、冒険小説にも――要するに、自分の書きたいテーマに合わせてジャンルを選び、それぞれのスタイルで作品を発表してきた。(P.114-116)

 私は『追い詰める』で直木賞を受賞したせいで、ハードボイルド作家というレッテルをはられてしまったが、このレッテルに合わせてむりにハードボイルド作品を書いてみても、失敗することはわかりきっている。……

 ハードボイルド作家というレッテルをはられているからといって、むりやり合わせ技でハードボイルド小説ばかり書いていると欲求不満になるから、私は今までにハードボイルド小説以外のものもいつつか手がけてきた。冒険小説もそうだし、スパイ小説もそうだし、奇妙な味の短篇やショート・ショート、日本ではあまり手をつけられていないチンピラもの(…)にも挑戦したし、時代小説も書いたことがある。そのときに書きたかった素材をそれにふさわしいジャンルに合わせ、スタイルを吟味して書いてきたつもりである。(p.122-124)

 女性にとっては、フィリップ・マーロウはクールでタフな面しかみせていないのに、ふと、そういうやさしさをのぞかせられると、一層、そのやさしさに真実味がこもるんだろうね。のべつやさしいだけじゃ、女性は口説けないのかもしれない。
 つまり、いくらやさしくしてやっても決してのめりこみはしないという、確固たる自信のあるところが、女にとっては魅力になるんだな。また、そういう確固たるルールがあるからこそ、いくらでもやさしくできるということもいえるんで、その辺がクールなんだよ。ルールがなくて、やたらに惚れこむ男性では、女性にバカにされるだけじゃないか。(p.162)
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プレイバック レイモンド・チャンドラー 清水俊二

プレイバック@amazon (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-3)) レイモンド・チャンドラー 清水 俊二 (文庫 - 1977/8)
 ぼくがチャンドラーの作品をはじめて読んだのは『湖中の女』であった。ここでひとことおことわりしておくと、世間にはぼくを外国の探偵小説にくわしい人間のように考えている人がいるようだが、翻訳をいくつか手がけているというだけのことで、探偵小説についてはまったくのしろうとなのである。したがって、探偵小説作家としてのチャンドラーの真価をみとめて好きになったわけではない。映画になった『湖中の女』がカメラがフィリップ・マーロウの眼になって事件を追ってゆくという変わったつくりかただったので、映画とくらべてみるために原作を読んで、たちまちチャンドラーの作風に魅せられたのだった。したがって、第一作から順々に読んでいるわけでもないし、探偵小説としてどの作品がもっともすぐれているかということなども語る資格はない。
 ハリウッドが舞台になっていて、実景がとりいれられてあると、作品がどんなにつまらなくても、結構楽しんで見ていられる…。
ぼくがチャンドラーに魅力を感じたのはまずこの点であった。

 いまはもう本人に訊きただしてみることもできないが、『プレイバック』がチャンドラーを愛読してきたひとにいろいろの謎を投げかけているふしぎな作品であることはまちがいない。

 以上は『プレイバック』の初版(昭和三十四年十月)のために書いたあとがきである。

フランク・マックシェイン『レイモンド・チャンドラーの生涯』

 とにかく、『プレイバック』を、”謎をひめた作品”と考えているのはぼくだけではないようだ。1977年7月
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長いお別れ レイモンド・チャンドラー 清水俊二

長いお別れ長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1))@amazon (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1)) レイモンド・チャンドラー 清水 俊二 (文庫 - 1976/4)
《宝石》 主筆の城昌幸さんが僕の義兄の親友(P.540)
…チャンドラーを僕にすすめたのは双葉十三郎君で、きっと気に入るから、とにかく読んでみなさい、といわれて読んだのが、『さらば愛しき女よ』であった。(P.540)

・・・、『長いお別れ』が発表され、早川書房社長に、ぜひぼくに翻訳させてくれ,と頼みこみ、…(P.540)

チャンドラーの新作が出れば、僕が翻訳することにきまっていたようで、さっそく翻訳にとりかかった。『プレイバック』は『長いお別れ』の半分にもたらぬ長さで、ふつうなら一ヵ月もあれば仕上がるはずなのに、映画字幕の仕事などに追いたてられて、なかなか完成できないでいるうちに、1959年3月、…(P.541)

『レイモンド・チャンドラー語る』(P.541)

 …。一歩まちがうと、きざでいや味になるところをがけっぷちで踏みとどまって、それが大きな魅力になっている文章のスタイル。もう一つは、アイルランドのクエーカー教徒の家に生まれた母親の血をひくイギリスびいきの目で、一九三〇年代から五〇年代にかけてのアメリカの風土、文化、社会を見つめ、その描写が味わいの濃い文明批評、社会批評になっているところ、この二つが僕をチャンドラーと結びつけたのである。(P.542)
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2008年08月17日

アコーディオンの本 渡辺芳也

アコーディオンの本@amazon 渡辺 芳也 (単行本 - 1993/12)
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2008年08月16日

映画字幕は翻訳ではない 清水俊二、戸田奈津子、 上野たま子

映画字幕は翻訳ではない 清水 俊二、戸田 奈津子、 上野 たま子 (単行本 - 1992/7)
 …マーロウのマーロウらしい魅力
 …マーロウの人格を語るには大切なこと

 しかし、角川事務所がチャンドラーからの引用といっているわけではなく、映画の世界ではよくあることだし、角川春樹君とは知らぬ仲ではないので、顔を合わせることでもあったら、あのマーロウは少々ちがいますよとでも言おうかなどと考えていたところ、丸谷才一君が「週刊朝日」で…

 そう言われてみると、私も腹を立てなければいけなかったのかもしれないが、映画界というものは、なにごともことなかれ方式がよしとされているところで、いまさら何か言ったところで、もはや証文の出しおくれである。
(78・11・12 Aasahi Weekly)
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夜明けのおやすみ 丸谷才一

夜明けのおやすみ@amazon (1984年) 丸谷 才一 (- - 1984/1)
解題・小田切 進
「フィリップ・マーロウという男」昭和37年八月『エラリイ・クィーンズ・マガジン日本版』
「角川映画とチャンドラーの奇妙な関係」昭和53年10月20日『週刊朝日』
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遊び時間 2  丸谷才一

遊び時間 2@amazon (2) (中公文庫 ま 17-4) 丸谷 才一 (文庫 - 1983/6)
角川映画とチャンドラーの奇妙な関係
…、あるときチャンドラーの『プレイバック』(清水俊二訳)を、「EQMM」編集長、小泉太郎にすすめられて取上げ、私立探偵マーロウについてかう書いたのである。
(P.63-64)
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深夜の散歩―ミステリの愉しみ 福永武彦、丸谷才一、 中村真一郎

深夜の散歩深夜の散歩―ミステリの愉しみ (ハヤカワ文庫JA)@amazon―ミステリの愉しみ (ハヤカワ文庫JA) 福永 武彦、丸谷 才一、 中村 真一郎 (文庫 - 1997/11)
九回 フィリップ・マーロウという男

 …が、それにもかかわらずぼくが女ぎらいといったのは、マーロウが女性に対するときよりも男性に対するとき遥かに優しいという事情を指摘しようとしてであった。…
 …。つまり、男色者では絶対ないくせに、そして女性に対して一応たしかに優しいくせに、しかもそれにもかかわらず女性に対してある種の冷たさ、無関心さを仄かに、しかも執拗に示しつづける神秘な男を、このあたしが射とめようと、無意識的に決意するのではなかろうか。(p.233)
 理由の第二としては、マーロウがきわめて高級な感傷家であることをあげたいのだが、しかし、これは誰でも知っていることだから、簡単に切りあげて差支えなかろう。もし言わねばならぬことが一つあるならば、それは、タフな探偵と感傷という対極的なものの取合せが、マーロウの人間的な幅の広さを提示するのにたいそう効果的だという事情であろう。(p.234)
 …
 ここには、タフな行動人と瀟洒なサロンの社交人とを一身に兼ね備えた男がいる。…(p.236)

あまりにも予見的な 評論家 瀬戸川 猛資
 …
 しかし、予見といえば、レイモンド・チャンドラーの『プレイバック』について書かれた『フィリップ・マーロウという男』にとどめをさすだろう。これは中村真一郎のロス・マクドナルド論と好一対を成す文章である。問題となる部分をすべて引用しよう。
(…)
《この箴言》は、後にとてつもなく有名になった。「強くなければ生きていけな」あるいは「タフでなければ生きていけない」と言い換えられて人口に膾炙していった。そしてとうとう一九七八年の角川映画『野性の証明』の宣伝コピーに使われたのである。それに対し「チャンドラー・ファン怒る」という大きな記事が毎日新聞の三面ぶち抜きで登場し、かなりの騒ぎになったりした。
 そのすべては、右の丸谷才一の文章をもって嚆矢とする。だいたい『プレイバック』はチャンドラーの凡作である。丸谷がかの「箴言」をわざわざ拾い出さなければ、後世には残らなかったかもしれない。あそこまで有名にはならなかったかもしれない。(p.276)
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松下幸之助発言集 (8) 松下幸之助

松下幸之助発言集 (8)@amazon 松下 幸之助 PHP総合研究所研究本部「松下幸之助発言集」編纂室 (単行本 - 1991/7)
質疑応答
大学がいくつ必要かを裁定する

松下 ……
 私のほうでも、採用するときには、秀才ばかり採用したいと思いますわな。けれど、ほんとうは秀才ばかり採用したら失敗ですよ。必ず喧嘩しよるですよ。だから、秀才一人と、あとは鈍才というわけやないけれどもちょっとそれより落ちる人が三人なら三人、あるいはスポーツをやる人とか、そういうふうにして、いろいろな人を混合して採用するんです。つとめてそうしているんです。もっとも、そう秀才ばかりが一つの会社に寄ってきませんから、自然にそうなっているわけです。それでうまく行っているんです。そうやないと、あんまり一番二番という連中ばかり集めたら、言うこと聞かんし仕事しよらんです。仕事してもみな議論ばっかりやって、なかなか事が運ばないです。それは非常に面白い現象だと思います。(p.30-31「日本の教育を見直す」自民党文教制度調査会文教部会合同会議 昭和五十年(一九七五)五月九日)
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松下幸之助発言集 (18) 松下幸之助

松下幸之助発言集@amazon (18) 松下 幸之助 PHP総合研究所研究本部松下幸之助発言集 (単行本 - 1991/12)
 ぼくはね、二人のうち一人を雇おうとする場合、学力、人格に甲乙つけがたいときは、履歴書などを参考にして、運の強い人を選びますな、運のいい社員は流れダマに当らないし会社にも運が向いてくるわけですよ。(p.33、「あすを語る」きき手・白井健『中日新聞』昭和四十八年(一九七三)十月十五日〜十一月二日)

松下 …。過去に非常に運のいい人と悪い人と、まあ、いますわな。そこで運の強い人をとる。
 だから、運の強い人は、ずうっと上に上に行きますわな。それが、まあうんともいえますな。しかし一方では、運の悪い人をとるということもありますよ。この人を採用することによって運が変わるかもしれんと。それはそれでいいと思います。ですから運というものは、あるということと、ないということと、半々ですな。どうっちもが真でしょうな。(p.80、「真実を話せば若い人にも通じますよ」きき手・五代利矢子『きゅーぴーだより』昭和四十八年(一九七三)十一月二十日)
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2008年08月14日

ダーウィン自伝 Charles Robert Darwin、八杉竜一、 江上生子

(P.125‐126)→ ダーウィン自伝@amazon (1972年) (筑摩叢書) Charles Robert Darwin、八杉 竜一、 江上 生子 (- - 1972)
というのは、珊瑚礁の例を除けば、最初に作った仮説を後で放棄したり大きく変更したりしなかった場合はひとつも思い出せないからである。このことによって私は、混成科学では、非常に演繹的な推理は信用しないようになった。(P.128)


山中伸弥も 似たようなことをいっているとも取れるし、ノーベル級だと スコーンって嵌るのかもしれないし、、
きちんと “つっこみ” が入る 健全な媒体上に公開されているか?

単純には
  1. 【事実の共有】 証拠となる事実の 研究コミュニティ内における認識共有
  2. 【事実に基づいた仮説 構築/提案】 事実から 実像の組み立て 事実解釈による 歴史の描写構築
  3. 【仮説への 討論 検証 確認 評価の裁定】


ってな 提出側サイドで2段ぐらい、、 評価側サイドでも 証拠の確認と 仮説の検証がひつようになるのかな。

あるいは 順序を替えて

  1. 【仮説の提出】 次いで 
  2. 【証拠探し】 ってな手順?
  3. 【証拠に基づく仮説の再検討】 証拠によって仮説が裏打ちされることもあろうし、 あるいは 仮説の修正を迫られる または 仮説を放棄して 新仮説が求められるようになることもあろうか。

で、こちらも アカデメイアやらから広く評価審査が入って 仮説の位置づけが 定まることとなろうか。というか 上下のケース いずれもローテーンョン繰り返せば 入り口こそ違っていけれども やがて同じ評価・再構築提案サイクルってなことになっていく、、ヘヴィー・ローテへ?
writen by raycy 2012年12月21日 14:01~
独自研究状態から脱する方途 | raycyの日記 | スラッシュドット・ジャパン:





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2008年08月13日

私のハードボイルド―固茹で玉子の戦後史 小鷹信光

私のハードボイルド@amazon―固茹で玉子の戦後史 小鷹 信光 (単行本 - 2006/11)
 …『映画字幕は翻訳ではない』…。・・・『プレイバック』に出てくるセリフにまつわる話…。清水俊二の有名な訳文「・・・」をうまく言い換えた「…」というキャッチフレーズ(…)をめぐる丸谷才一の非難発言(《週刊朝日》で角川に噛み付き、清水俊二にも腹を立てろとけしかけた)もまじえて大騒ぎになった一幕である(本書第六章参照)。(P.89)

「ハードボイルド・ジャーニー」(《週刊新潮》七一年五月号「めりけんポルノ」)
 ハードボイルド小説の本質は、「もろさ」や「やさしさ」といった情感を直接描写することなしに、しかも非情でタフな外面があくまでも衣であることをわからせるスタイルにあるのです…(p.208)
 人類がもし……生きのびる唯一の道を発見しし得るとすれば、それは「タフな衣」を棄て、人間本来の「やさしさ」「もろさ」「情動性」に立ち返ること以外にありません。「やさしさ」「もろさ」こそが人間の長所であり、強さであるのです……

脱ハードボイルド宣言(p.209)

 ・・・一九七八年、ハードボイルド業界でちょっとしたスキャンダルが発生した。第三章で紹介したが、…。
 この”盗用”を公然と指摘したのは作家の三好徹だった。「近ごろ推理小説考」と題された《東京新聞》での記事(七八年五月十八日夕刊)…。…。生島氏に確かめたところ……彼には断りなく使われているという。…。(p.239)

 …『ハードボイルド風に生きてみないか』・・・。(P.240)

 …「パパイラスの船」の第四章・・・。清水俊二は前出の自著の中で、「私もいま翻訳するなら、・・・。
 話は少し前後するが、三好徹の指摘に始まって盗用の噂がじわじわと広まってゆき、ついに《毎日新聞》が十一月六日の夕刊で、事の成りゆきを…
 八月ごろ角川の編集者が来て、あなたの言葉とは知らず無断借用して申し訳ない。今後も使わせていただきたい、と私に一札入れ、迷惑料十万円を置いていった。・・・。
(p.241)

『タフでなければ生きられない』(P.242)

各務三郎編 名探偵読本『ハードボイルドの探偵たち』座談会「ハードボイルドの魅力を語る」(P.243)
 好きな探偵は「もちろんマーロウ……この人のために、この道に引きずりこまれたような……チャンドラーは、おめず臆せず彼をとってもいい男に描いている」
と、かつてチャンドラーの短篇の下訳翻訳をやったことのある小泉喜美子はマーロウ狂いの心情を吐露した。(P.244)

『探偵物語』『赤き馬の使者』『蘇れ!探偵物語』(P.244)
「日本のハードボイルドの夜明けは、いつくるんでしょうかね。コダカノブミツさん?(松田優作)」
(P.246)

一九八三年
 ……
 これより少し前、<マルタの鷹協会>の春の例会に青木雨彦が登場し、一歳年下の作家、生島治郎の若き頃の秘められたエピソードをバクロした。
……

 太宰治と魯迅が好きで、探偵小説などは軽蔑していた生島治郎をコネをつかって早川書房に無理やり就職させ、半額になる社員割引でポケミスを毎月買わせたなどという裏話を披露。(P.272)
 生島や僕はしょっちゅう殴られていた。でもくやしいから泣かなかった……ハードボイルドの主人公たちは全然泣かない。それを読んで、これが本当の小説ではないかな、と思った……。…、ここでは泣かないぞ、ここでは泣かないぞと、自分に言い聞かせている気持ちだと思う。
(P.273)

「”清水”チャンドラーの弊害について」池上冬樹『ヒーローたちの荒野』
清水の訳文には、生き生きとしたリアリズムがあるし、そこはかとないロマンティシズムが醸し出されている。そこが日本でチャンドラーが人気を呼ぶ原因でもあるが、しかしそれこそがまさに、清水チャンドラーの弊害でもあるのだ。
(p.328)
『別冊野性時代 矢作俊彦』久間十義との対談
生島治郎試訳の「タフ」という訳語に異議を唱えている。(P.329)

 …『長いお別れ』の新訳 二〇〇七年春刊行されるという。 村上春樹 ……
マーロウは「私」になるのか「おれ」になるのか(まさか「ぼく」ではないだろう)。(P.329)



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