第二篇 ジョン・スチュアート・ミル
功利主義の道徳哲学 最大多数の最大幸福を図る 善 目的
「誰を」:最大多数
「何を」:彼らの「幸福」(快楽と同じ)
所が「内的歴史に於ける危機」経過後 変化
此の以後彼の生存の目的は、自己以外の最大多数の幸福を図ることではなくて、自己の人間としての成長が、目的として置き換えられた。
善が幸福(快楽)でなくて、人間としての成長にあるとすれば、功利主義ではなくて理想主義である。
而して優れたる快楽を求める者は、たとえ之を満足しえずとしても好ましく、劣れる快楽を求めるものは満足しえた場合でも好ましからず、「まんぞくしたる豚たらんよりも、不満足の人たらん方がよく、満足したる人たらんよりも、不満足なるソクラテスたらん方より善し」という有名な言葉を述べた。然し善とは何かと問われて何々の快楽と答えるのが功利主義であるのに、快楽の中に善悪の区別を設けるのは、問に答うるに問をもってする循環論法の謗りを免れない。理想主義を採りながら功利主義を清算しえず、功利主義を採りながら理想主義を援用する矛盾が此の中に窺われる。
2008年04月20日
社会思想家評伝 河合栄治郎
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(1940年) 河合 栄治郎 (- - 1940)
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