2007年08月04日

筒井ともみ 真夏の幻視

筒井ともみ 真夏の幻視@オヤジとおふくろ@文藝春秋2004年5月号
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 シナリオライターになった私は、今でも回想シーンを書かない。その人の心象をあらわすための個人的記憶、あるいはイリュージョンとしてのシーンを書くことはあっても、説明のための回想シーンなど書くまいと決めている。だって、正しい回想などありえないのだから。記憶はその人の思いが創り出すもの。それが事実であったかどうか、客観的に実証することはできない。
 あのとっておきの夏の日、父と母と私の記憶は、もしかしたらそれぞれにずれていたかもしれない。そしてそのずれこそが、思い出のいとおしさなのだ。(P.422)
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