2007年06月05日

日本のこころ 岡潔

日本のこころ (1967年) 岡潔@amazon
 パリではこの間なくなった中谷宇吉郎さんと知り合い、中谷さんの筋向いの部屋に陣取って、二週間ほど毎晩、中谷さんから寺田寅彦先生の実験物理の話を聞いたが、これが後々私の数学研究に大きな影響を与えたと思う。(寺田先生の頭なればこそ数学にまで応用が利いたのである。私は高木先生にはうけていないが寺田先生には受けている。系図をかくと道元禅師、芭蕉翁、漱石先生、寺田先生及び芥川さん、そして私である。漱石先生には道義と縦一列の研究法とを受けている。うけたものはそれ位、学んだものは仏教と西洋文化
私にはこれだけそろっていますから、決して身を動かさないのです。まるで北極星のようなたんかでしょう。)(P.24)

 ところで、フランスでの私の最大の体験は、中谷宇吉郎さんの弟の中谷治宇二郎さんと知りあったことだ。(P.25)

 ・・・日本民族的な情緒の色どり、また個人の情の基調の色どりの二つが一致している人を、私は純粋な日本人と呼ぶことにしています。だから、国籍は日本にあっても純粋な日本人でない人もあれば、国籍が外国にあっても、純粋な日本人といえる場合もあるわけです。(P.67)
 芭蕉、道元禅師、
 ・・・自分は純粋な日本人であるという自覚のできていない人を国内向けに使うと、いちいち他のものを物指しに使わなければならないから、手間ばかりかかって少しもはかどらない。自分は純粋な日本人であるという自覚をもっていれば、すべて自分を物指しにしてはかるから、その点非常にはかどります。(P.68)
 ・・・外国向きにはなおさら使えない・・・(P.68‐69)

 ・・「自分」・・次の三つの要素から成り立っている・・
 一、主宰者、二、不変のもの、三、自己本位のセンス(感じ。広く知情意および感覚にわたる)。
 一については、たとえばデカルトが『方法叙説』でいっている「われ」は主宰者という意味である。二については、たとえばフィヒテが『全知識学の基礎』でいっている「自我」は大体不変のものという意味であろうと思う。三については、自分の身体、自分の感情、身分の意欲等というときの「自分の」という言葉は、これを虚心坦懐に聞くことができるのどの人ならば、誰しもその中に妖しげな響きがこもっていることを聞き逃しはしないだろう。これは無明という恐るべき本能の所産であって、この三が主人公になっている自分が小我である。この三を取り去った自分が真我である。小我を自分だと思ってしまっているのが小我観である。
 小我観のよい例は日本国憲法の前文である。小我が個人であることが万代不易の真理だと明記している。そしてその上に永遠の理想を、しかも法律的にであろうと思うが、建てることができるといっている。何という荒唐無稽な主張であろう。(P.70-71)

 寺田先生は理研の若い人たちにこういった。君たちも知っているとおり、今自分はイルリバージブル(不可逆)な現象を研究しようと思って、ガラスの破れ目を調べている。ところで、毎日毎日みていると、しまいにはガラスの破れ目が大きなけい谷のように見えてくる。そのころになって、自然はポツリ、ポツリとその秘密を漏らし始める。(P.90-91)

 私はしかし、多分十中八、九はそうではなくて、ジノソールスの卵のある所には石油もある可能性があると考えたのだろうと思う。それだったら「功利主義」(有所有)だから、厳密にいえば学問ではない。学問の本質は求真だからである。しかし、同じ理由によって、政治に従属する学問というものもまた有り得ないのである。
 功利主義といえば、すぐ米人デューイーの教育学を連想するが、彼にも一つだけ良い所はあるのである。何かといえば、観念論を打破しようという、ハリケーンのごとき激しさであって、それが若い人たちを快くひきつけたのだろう。彼の邦訳された著書十一冊を読んでの私の受けた印象は、彼は『風とともに去りぬ』のスカーレット・オハラを男にしたような奴だなあ、というのであった。(P.92)

 ・・・ちょうど中谷さんがどこかの病院に入っていたので、彼を訪ねた。彼はこう語った。人工雪は僕や花島君(高弟)らが作るとたいていうまくできるのだが、他の人には作れない。僕たちでも必ずできるとは限らない。・・・そんなふうだから、日本の物理学者たちは、そんなものは物理実験ではない、だから中谷のやっていることは物理学ではないといって、どうしても僕のしていることを学問とは認めない。それで僕も少々閉口している。
 私はこれを聞いて、物理学者というものはおかしなことを言うものだなあと思った。雪がそうしてできるものだということを証明するためには、誰かが時々作れさえすればまず充分である。偶然そうなるという確率はたいていの場合に零だからである。ところで物理実験には当然個人差が伴う。もしその誤差の関係しない数値しかとらないというのならば、同時に多くの操作をしなければならない実験は一切できない。だからそんなふうだと物理学には広い分野が全然未開拓のまま残されているはずである。だから真の物理学は、あなたがたに待つところ大なるものがあるであろうと答えておいた。(P.96)

 真珠湾攻撃は、私は寝耳に水と聞いた。このときは、私はまだ、人の世には井戸の中の蛙というおかしな動物のいることを知らなかったからである。(P.105)

 ・・・何よりも大切なことは教える人のこころであろう。国家が強権を発動して、子供たちに「被教育の義務」とやらを課するのならば「作用があれば同じ強さの反作用がある」との力学の法則によって、同時に自動的に、父母、兄姉、祖父母など保護者の方には教える人の心を監視する自治権が発生すべきではないか。少なくとも主権在民と声高くいわれている以上は、法律はこれを明文化すべきではなかろうか。(P.121)

・・・・・・私は思わず独言しました。「あれがこんな風なものになるかなあ」、私は精一杯「警鐘」を「乱打」していたつもりだったのですが、それが編者の目にはこんな風な思想集と写ったのです。・・・・・・(P.336)
 そういえば私が、「ね、心配でしょう」と呼びかけていますのに、「心温まる思いです」というお手紙ばかり頂いて、・・・・・・
 私は大東亜戦争は黙っていると始められてしまったから、それが意外にも城下の誓いですんだ終戦以後はこんど何かあったらいおうと思っていました。
 その心配なるものが大いに目につき始めましたから、一億同胞に対して「警鐘」を「乱打」したのです。『春宵十話』『風蘭』『紫の火花』『春風夏雨』『月影』がそれで、この順ですが、最後の『月影』を書き終えると血を吐いて倒れたのです。『月影』は既に猶予できないと感じましたから力の限り乱打したのです。・・・・・・(P.337)
 この本は、前に申しましたように、私がその点が心配だからというので、一九六一年から一九六五年まで五年間にわたって、いわば縦に言ったことから撰んで横に編んでくださったものでして、人生、情緒、教育の三部に分けられています。
 私は「警鐘乱打」はもうやりません。打ち終わってここに閉じこもって今これを眺めていますと、・・・・・・(P.338、あとがき 一九六七年二月)

 大道は山に極まっている。これを越してもその向こうの有様はわからない。然しこれを越さなければ何も出来ない。彼はフランスまで行ってこの問題を、誰に聞いたというのではないが、教えて貰って帰国したのである。これがラテン文化の偉大さである。「すみれの言葉」で彼は行もいい忘れている。日本民族の皆様、わが仏のみ尊いのではありません。
 そして彼は、客観的評価をしてから仕事にかかるべきだと云っている。あたり前です。それをしなかったら文字通りの猿の人真似です。(P.343)


posted by raycy at 08:49| Comment(0) | TrackBack(13) | 本メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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