2008年07月13日

スモール イズ ビューティフル―人間中心の経済学 E.F. シューマッハー

スモール イズ ビューティフルスモール イズ ビューティフル―人間中心の経済学 (講談社学術文庫)@amazon―人間中心の経済学 (講談社学術文庫) E.F. シューマッハー、小島 慶三、 酒井 懋 (文庫 - 1986/4)
 物理学や数学が取り扱うのは収斂する問題だけである。だからこそ、これらの学問では進歩の積み上げが可能で、新しい世代が次々に先人達の仕事を引き継いですすめられるわけである。けれども、この進歩の代価は高い。収斂する問題だけを相手にしていると、人生には近づけず、むしろ人生から遠ざかってしまうからである。チャールズ・ダーウィンが自伝に記しているところを聞こう。
 ・・・。私はまた、以前には絵画がかなりの、また音楽が大変大きな喜びを私に与えたこともいった。しかし今は、すでに長年、一行の詩を読むのも辛抱できない。私は最近シェークスピアを読もうとしてみたが、それは耐えられないほど退屈で、嘔吐が起こりそうなくらいであった。・・・・・・これらの趣味の喪失は、幸福の喪失である。しかも、たぶん知性にとっても有害であろうし、われわれの本性の情緒的な部分を弱めるため道徳的性質にとって有害であることは、もっとありそうなことである。(二)

 ダーウィンがきわめて率直に述べているこの退化は、ジルソンが「実証主義科学を社会的事実に適用する」ものと呼んだ今日の傾向を押しとどめることができないならば、文明そのものを呑みこんでしまうだろう。拡散する問題は、すべて「還元」によって収斂する問題に変えることができる。だがその結果、人生を高める高次元の力はいっさい失われてしまい、人間性の中の情緒的部分だけではなく、ダーウィンが気づいたように、人間の知性と道徳的性質も損なわれるのである。(P.125‐126)

「ふるさと派」「生き残りのための経済学」(p.207)

 私は技術の発展に新しい方向を与え、技術を人間の真の必要物に立ち返らせることができると信じている。それは人間の背丈に合わせる宝庫でもある。人間は小さいものである。だからこそ、小さいことはすばらしいのである。巨大さを追い求めるのは、自己破壊に通じる。(p.209)


宴のあとの経済学―スモール・イズ・ビューティフル主義者の提言 (1980年) E.F.シュマッハー 伊藤 拓一 (- - 1980/8)
posted by raycy at 23:53| Comment(0) | TrackBack(1) | 本メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック

ダーウィン自伝 Charles Robert Darwin、八杉竜一、 江上生子
Excerpt: (P.125‐126)→ ダーウィン自伝@amazon (1972年) (筑摩叢書) Charles Robert Darwin、八杉 竜一、 江上 生子 (- - 1972)
Weblog: 霊際
Tracked: 2008-08-14 13:08
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。