2008年08月16日

映画字幕は翻訳ではない 清水俊二、戸田奈津子、 上野たま子

映画字幕は翻訳ではない 清水 俊二、戸田 奈津子、 上野 たま子 (単行本 - 1992/7)
 …マーロウのマーロウらしい魅力
 …マーロウの人格を語るには大切なこと

 しかし、角川事務所がチャンドラーからの引用といっているわけではなく、映画の世界ではよくあることだし、角川春樹君とは知らぬ仲ではないので、顔を合わせることでもあったら、あのマーロウは少々ちがいますよとでも言おうかなどと考えていたところ、丸谷才一君が「週刊朝日」で…

 そう言われてみると、私も腹を立てなければいけなかったのかもしれないが、映画界というものは、なにごともことなかれ方式がよしとされているところで、いまさら何か言ったところで、もはや証文の出しおくれである。
(78・11・12 Aasahi Weekly)
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夜明けのおやすみ 丸谷才一

夜明けのおやすみ@amazon (1984年) 丸谷 才一 (- - 1984/1)
解題・小田切 進
「フィリップ・マーロウという男」昭和37年八月『エラリイ・クィーンズ・マガジン日本版』
「角川映画とチャンドラーの奇妙な関係」昭和53年10月20日『週刊朝日』
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遊び時間 2  丸谷才一

遊び時間 2@amazon (2) (中公文庫 ま 17-4) 丸谷 才一 (文庫 - 1983/6)
角川映画とチャンドラーの奇妙な関係
…、あるときチャンドラーの『プレイバック』(清水俊二訳)を、「EQMM」編集長、小泉太郎にすすめられて取上げ、私立探偵マーロウについてかう書いたのである。
(P.63-64)
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深夜の散歩―ミステリの愉しみ 福永武彦、丸谷才一、 中村真一郎

深夜の散歩深夜の散歩―ミステリの愉しみ (ハヤカワ文庫JA)@amazon―ミステリの愉しみ (ハヤカワ文庫JA) 福永 武彦、丸谷 才一、 中村 真一郎 (文庫 - 1997/11)
九回 フィリップ・マーロウという男

 …が、それにもかかわらずぼくが女ぎらいといったのは、マーロウが女性に対するときよりも男性に対するとき遥かに優しいという事情を指摘しようとしてであった。…
 …。つまり、男色者では絶対ないくせに、そして女性に対して一応たしかに優しいくせに、しかもそれにもかかわらず女性に対してある種の冷たさ、無関心さを仄かに、しかも執拗に示しつづける神秘な男を、このあたしが射とめようと、無意識的に決意するのではなかろうか。(p.233)
 理由の第二としては、マーロウがきわめて高級な感傷家であることをあげたいのだが、しかし、これは誰でも知っていることだから、簡単に切りあげて差支えなかろう。もし言わねばならぬことが一つあるならば、それは、タフな探偵と感傷という対極的なものの取合せが、マーロウの人間的な幅の広さを提示するのにたいそう効果的だという事情であろう。(p.234)
 …
 ここには、タフな行動人と瀟洒なサロンの社交人とを一身に兼ね備えた男がいる。…(p.236)

あまりにも予見的な 評論家 瀬戸川 猛資
 …
 しかし、予見といえば、レイモンド・チャンドラーの『プレイバック』について書かれた『フィリップ・マーロウという男』にとどめをさすだろう。これは中村真一郎のロス・マクドナルド論と好一対を成す文章である。問題となる部分をすべて引用しよう。
(…)
《この箴言》は、後にとてつもなく有名になった。「強くなければ生きていけな」あるいは「タフでなければ生きていけない」と言い換えられて人口に膾炙していった。そしてとうとう一九七八年の角川映画『野性の証明』の宣伝コピーに使われたのである。それに対し「チャンドラー・ファン怒る」という大きな記事が毎日新聞の三面ぶち抜きで登場し、かなりの騒ぎになったりした。
 そのすべては、右の丸谷才一の文章をもって嚆矢とする。だいたい『プレイバック』はチャンドラーの凡作である。丸谷がかの「箴言」をわざわざ拾い出さなければ、後世には残らなかったかもしれない。あそこまで有名にはならなかったかもしれない。(p.276)
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松下幸之助発言集 (8) 松下幸之助

松下幸之助発言集 (8)@amazon 松下 幸之助 PHP総合研究所研究本部「松下幸之助発言集」編纂室 (単行本 - 1991/7)
質疑応答
大学がいくつ必要かを裁定する

松下 ……
 私のほうでも、採用するときには、秀才ばかり採用したいと思いますわな。けれど、ほんとうは秀才ばかり採用したら失敗ですよ。必ず喧嘩しよるですよ。だから、秀才一人と、あとは鈍才というわけやないけれどもちょっとそれより落ちる人が三人なら三人、あるいはスポーツをやる人とか、そういうふうにして、いろいろな人を混合して採用するんです。つとめてそうしているんです。もっとも、そう秀才ばかりが一つの会社に寄ってきませんから、自然にそうなっているわけです。それでうまく行っているんです。そうやないと、あんまり一番二番という連中ばかり集めたら、言うこと聞かんし仕事しよらんです。仕事してもみな議論ばっかりやって、なかなか事が運ばないです。それは非常に面白い現象だと思います。(p.30-31「日本の教育を見直す」自民党文教制度調査会文教部会合同会議 昭和五十年(一九七五)五月九日)
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松下幸之助発言集 (18) 松下幸之助

松下幸之助発言集@amazon (18) 松下 幸之助 PHP総合研究所研究本部松下幸之助発言集 (単行本 - 1991/12)
 ぼくはね、二人のうち一人を雇おうとする場合、学力、人格に甲乙つけがたいときは、履歴書などを参考にして、運の強い人を選びますな、運のいい社員は流れダマに当らないし会社にも運が向いてくるわけですよ。(p.33、「あすを語る」きき手・白井健『中日新聞』昭和四十八年(一九七三)十月十五日〜十一月二日)

松下 …。過去に非常に運のいい人と悪い人と、まあ、いますわな。そこで運の強い人をとる。
 だから、運の強い人は、ずうっと上に上に行きますわな。それが、まあうんともいえますな。しかし一方では、運の悪い人をとるということもありますよ。この人を採用することによって運が変わるかもしれんと。それはそれでいいと思います。ですから運というものは、あるということと、ないということと、半々ですな。どうっちもが真でしょうな。(p.80、「真実を話せば若い人にも通じますよ」きき手・五代利矢子『きゅーぴーだより』昭和四十八年(一九七三)十一月二十日)
posted by raycy at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 本メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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