2008年08月14日

ダーウィン自伝 Charles Robert Darwin、八杉竜一、 江上生子

(P.125‐126)→ ダーウィン自伝@amazon (1972年) (筑摩叢書) Charles Robert Darwin、八杉 竜一、 江上 生子 (- - 1972)
というのは、珊瑚礁の例を除けば、最初に作った仮説を後で放棄したり大きく変更したりしなかった場合はひとつも思い出せないからである。このことによって私は、混成科学では、非常に演繹的な推理は信用しないようになった。(P.128)


山中伸弥も 似たようなことをいっているとも取れるし、ノーベル級だと スコーンって嵌るのかもしれないし、、
きちんと “つっこみ” が入る 健全な媒体上に公開されているか?

単純には
  1. 【事実の共有】 証拠となる事実の 研究コミュニティ内における認識共有
  2. 【事実に基づいた仮説 構築/提案】 事実から 実像の組み立て 事実解釈による 歴史の描写構築
  3. 【仮説への 討論 検証 確認 評価の裁定】


ってな 提出側サイドで2段ぐらい、、 評価側サイドでも 証拠の確認と 仮説の検証がひつようになるのかな。

あるいは 順序を替えて

  1. 【仮説の提出】 次いで 
  2. 【証拠探し】 ってな手順?
  3. 【証拠に基づく仮説の再検討】 証拠によって仮説が裏打ちされることもあろうし、 あるいは 仮説の修正を迫られる または 仮説を放棄して 新仮説が求められるようになることもあろうか。

で、こちらも アカデメイアやらから広く評価審査が入って 仮説の位置づけが 定まることとなろうか。というか 上下のケース いずれもローテーンョン繰り返せば 入り口こそ違っていけれども やがて同じ評価・再構築提案サイクルってなことになっていく、、ヘヴィー・ローテへ?
writen by raycy 2012年12月21日 14:01~
独自研究状態から脱する方途 | raycyの日記 | スラッシュドット・ジャパン:





posted by raycy at 06:46| Comment(0) | TrackBack(4) | 本メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。