2008年06月30日

「特集:高橋秀俊 ---- ある科学者の発想」

「特集:高橋秀俊 ---- ある科学者の発想」『科学』69巻9号、735-768頁、1999年
<座談会>いまなぜ高橋秀俊なのか 磯部 孝・今井 功・江沢洋・蒲生秀也・木名瀬 亘・喜安善市・戸田盛和・和田英一 (P.P.735-743)
高橋物理の根底にある透徹した視点
和田 クロッシングオーガン(Crossing Organ)の回路という、フォン=ノイマンのものよりずっと簡単で能率がよいものがでている。フォン=ノイマンはどうしてこれを使わずに、より複雑なものを設計したんだろうかと高橋先生に話したら、”君ね、動物のからだにはクロッシングオーガンの回路のような同期機構なんかないんだよ。フォン=ノイマンは能率よりも自分で考えている人間のからだのモデルをこれで表したかったんだ”というふうに先生はおっしゃった。1996年、・・・、アーサー・バークス先生にその話をしたら、”そのとおりだ”とおっしゃっていました。高橋先生もフォン=ノイマンもなにが生命の本質なのかをとらえたうえで考えを進めていたのですね。
磯部‘物理の散歩道’(後述)でも書かれていますが、高橋先生は、生物の使う手段というのはみな中途半端だというんです。人間が機械をつくるときは設計の段階から非常に精密な数学とか、物理的な法則を使う、生物の場合は中途半端なものをうまく組み合わせて、結果としては非常にうまくやっていると。そういうものは自然にできると。

科学者の美意識
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喜安 計算機関係では、後藤さんの例のパラメトロン論理です。あれの記号は完全に対称性があるんです。現在使われているブール代数系では対称性がないんです。高橋先生が後藤さんのパラメトロン論理を見て、この対象性がいいんだとおっしゃってました。僕もそれには同感です。
物理が“わかる”とはどういうことか―高橋さんに想う 今井功 746
素数を法とする思考
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 高橋さんとの議論を回想すると、高橋さんにとってp1は”回路論”であり、私にとっては”連続体”であったとつくづく思う。
パラメトロンとそのインパクト 喜安善市 (pp.752-755) 
パラメトロンの原理と多数決論理(4)
  • ”3拍励振方式”
  • 論理演算回路が汎用性であるためには、ブール代数における否定と論理和(OR)の作用をする素子が必要である。
    * この場合、論理和を論理積(AND)で置き換えてもよい。また論理和と論理積との両方があれば十分である。
  • たとえば図3のPzでは、m=3で、その出力(発信位相)はPxPyP1の”多数決”で決まる。ここで、常数パラメトロンP1の出力をπに選べばzはx,yの論理和で、基本演算系が実現できる。このような論理演算体系を多数決論理と呼ぶ。
    * P1の位相を0に選べば、zの出力は論理積となる。このように、常数パラメトロンの位相に論理和と論理積が対応する。これはトランジスター回路にないパラメトロン回路の特徴で、対称性のあらわれである。この対称美が高橋さんその他を魅了した。座談会参照。
  • パラメトロン素子も江崎ダイオード対も”2端子”で、信号の流れに方向性がない。3拍(一般には多拍)励振方式で方向性を与えた功績は歴史に残る。多数決論理***や論理入出力分岐数などの概念、否定演算の移動方則、数式処理プログラム式計算機の構想、プログラムにおける割り込み機能などはその代表的な典型例である。ソフトウェアの面でも、高速フーリエ変換、複数の素数を法とする正確な高速計算法など不滅の功績を残した。
    ***室賀三郎さんは、多数決論理を閾値論理に拡張し、大著(6)にまとめた。
文献
  1. 高橋秀俊編:パラメトロン計算機
  2. 高橋秀俊:コンピューターへの道
  3. 遠藤論:計算機屋かく戦えり
  4. 高橋秀俊:科学、26、3(1956)
  5. パラメトロン研究所編:パラメトロンの研究T
  6. S.Muroga:Threshold logic and its applications.
ロゲルギストたち―科学随筆と思索 磯部 孝 763
“実数学”者高橋秀俊―数学と数値計算 森 正武 766
 この考えは、行列の計算、多項式の演算、複素数計算、そして整数論的調和解析へと発展していく。このことについては、Knuthの本[9]に簡単に引用されている。

そこでセミナーの終了後昼食をともにした折り、Cooley氏に高橋先生の整数論的調和解析のお仕事のことを伝えたところ、”いまFFTの歴史を書いているので文献を提供して欲しい”といわれた。筆者は先生の論文のコピーを後で送ったが、筆者の力不足で残念ながらどこにも引用されなかったようである。
[9]D.E.Knuth:The Art of Computer Programming. Vol.2 2nd ed., Addison-Wesley(1969, 1981) p.275
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2008年06月28日

定石無法地帯 山部俊郎

定石無法地帯 / 山部俊郎. -- 日本棋院, 1975. -- (ゴ・スーパーブックス)

凡例
著者が無法性ありと挙げる、定石はずれ、非定石、異法
定石、ないし、引用者が成立すると思うこと。
引用者が、真偽微妙と感じること、
1 ツケにハネず

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原型2のノビが定石はずれ
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 専門棋士が皮肉やら雑談まじりで観戦できる程度に腕のたつひとがいるのが当然なら、またきのう今日碁を覚えたという、はた目にも弱いな、とうつるひとがいるのも事実だった。折りしも十級ぐらいと覚しき若者が十五、六級さんに何目か置かせて打っている局に、こういうのがあったので、それをサカナに本講を始めることにしよう。
 原型 その十級さん、白をもって星から黒1のツケに、2と下にノビていったものだから、気の弱い小生、いささかどぎもを抜かれた。だいたいこういうところは――


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1図
 1図 定石 白2とハネるにきまっており以下黒7までが定石であることは、読者の先刻ご承知のところ。ツケにはハネよである。
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2図
 2図 さて十級さん、白2のノビに対し、今度は十五、六級さん黒3と隅をオサエ、白4、黒5と運んで、ここでお二人顔を見合わせて「定石だネ」とのたまった。


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白1、黒2
3図
 見る風でもなく観戦していた小生、驚きで再び心臓が凍るような思いをした。
 小生も高段者のはしくれ、アマチュアの碁は無言で鑑賞するのを徳としているから、ニヤリともせずその場を立ち去ったが、読者もお察しの通り、こういうところは3図のように打つものですよと、丁寧にお教えしたい気持ちがあとまで残ったことである。(P.6‐8)

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2 星からのツケ切り
 世に囲碁出版の数かぎりなく、この職にある小生としても同慶至極に存じている次第であるが、碁の本が流布しているのだから、昔とちがって定石を知らないファンはまずあるまいと思っていると、これが然らず。

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原型3の切りは異法
 原型
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こういう打ち方もまったくないわけではないが、盤面のまだすけすけの序盤でこれを演じて、そう打つほうがサバきやすいといわんばかりの顔をするのに、気の弱い小生、いささか毒気をぬかれて、出かかった言葉をのみこんでしまうのである。


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1図
 1図 定石 どんな定石書にも、黒1,3とツケノビるのが常形なりと書かれ、せいぜい3をaとオサエる別形が示される程度が普通である。
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2図
 2図 白の応法
 ところがあえてその常識を破るからには、例えばシチョウ有利によってうまい結果を得たとか、あるいは相手(この場合ウワ手ですぞ)が応手をまちがえたとか、そういう根拠があってのことにちがいないのである。その無法性を理非を尽くして解明するのが本書の目的であるが、このツケ切りには白の考えられる応法として、aのアテから黒b、白cとツグ手、白cでdとハネる手や、はたまた白eのコスミ、のサガリなどがあることをはじめにいっておこう。
 しかし途中の変化で白がちょっと威張ったことを打つと、たちまち黒に尻尾をつかまれ、白としての面目を失墜するのでご用心ありたい。(P.16‐18)
テキスト碁盤作成ツール をIEから利用しました。
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現代日本文化論 (7)体験としての異文化 河合隼雄 養老孟司

現代日本文化論 (7)体験としての異文化@amazon 河合 隼雄 養老 孟司 (1997/2)
出版社/著者からの内容紹介
人,物,情報が自由に世界を移動するグローバル化時代の到来の中,日本文化はどのように変わりつつあるのか.日本特殊論や雑種文化論をこえて,内と外の異文化を新しい視点でみつめ,多様な文化や価値が共存する道を探る.【執筆】イ・ヨンスク,今枝由郎,木村汎,橘川次郎,多田富雄,西江雅之,港千尋,山田尚勇.

内容(「MARC」データベースより)
グローバル化時代の日本文化のゆくえとは。異文化の共存と対話について、文化論、クレオール語、日本の宗教状況などをテーマに考える論文集。〈ソフトカバー〉
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オールドパンク、哄笑する―チャールズ・ブコウスキー短編集 チャールズ ブコウスキー、Charles Bukowski、 鵜戸口哲尚

オールドパンク、哄笑する商品の詳細@amazon―チャールズ・ブコウスキー短編集 チャールズ ブコウスキー、Charles Bukowski、 鵜戸口 哲尚 (単行本 - 2001/6)
愛用のタイプライター
・・・中略・・・
彼は俺に
この大型タイプライターを買ってくれた
お陰で書くことに励めた
素晴らしく強力なタイプライターだ。
・・・中略・・・
そして俺はパンツ姿でボケーッと座って
スコッチとビールを飲みながら
タイプをバンバン打った。

そしてある夜のことだった
夜中の二時半頃だったと思う
そしてもうそれ以上
動かなくなった
そこで俺は
俺の恩人に電話した

「おい、このキーは動かねえゾ!
こいつはどっか故障してるゼ
おんぼろタイプめ!」

彼が言った、「おい、そのタイプは
どっこも壊れてないヨ、きみは
感覚を身につけることをしないとダメだ
リズム感覚を・・・」

「このおんぼろタイプは役に立たない!」
俺は怒鳴って
電話を切った。
ところが、その翌日その次の

俺は調べてみて彼が
正しいことがわかった

つまり
タイプはまったくどこも悪くなかった、
それどころか、順調そのもので動いた・・・中略?・・・

そして
十四年経った今このタイプは
まだ動いているが
俺はエラクなってしまって
電動タイプライターを買って
今はそれを使っている
それは早く打てる
(たとえ、前より調子はよくなくても)(P.266‐267)
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2008年06月23日

つきあい―湯川博士還歴記念文集 湯川秀樹 谷川安孝

つきあい@amazon―湯川博士還歴記念文集 (1968年) 湯川 秀樹 谷川 安孝 (- - 1968)
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情報とシステム〈PART2〉解釈の冒険 清水博

情報とシステム〈PART2〉解釈の冒険@amazon (BOOKS IN‐FORM) 清水 博 (単行本 - 1988/7)
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志学数学―研究の諸段階・発表の工夫 伊原康隆

志学数学@amazon―研究の諸段階・発表の工夫 (シュプリンガー数学クラブ) 伊原 康隆 (単行本 - 2005/4)
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桃割れのタイピスト―続おりん母子伝 松田解子

桃割れのタイピスト@amazon―続おりん母子伝 (1977年) 松田 解子 (- - 1977/7)
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漱石資料ー文学論ノート 夏目漱石 村岡勇

漱石資料@amazonー文学論ノート (1976年) 夏目 漱石 村岡 勇
凡例
9 概要・参照文献(漱石の)は読者の便を考えて編者が書き加えた.(p.xvii)

学者
概要 学者が書を著わす目的は多くの場合虚栄のためである.しかし,虚栄に関する限りでは,昔の学者は今日の学者ほど陋劣ではなかった.今日の日本の学者の価値は低い.その理由は次の通り.西欧の学者はこぞって知的塔を築きあげることに努力している。無論、その知的塔の頂きに登るのには次第順序がある。日本の民衆は次代順序のあることを知らぬままに、日本の学者がその塔の頂きに登ることを期待する。日本の学者は民衆の期待と鞭撻を受けながら、到底塔の頂きに登れないことを自覚しているので、ほらを吹き、ごまかすことにつとめている。こうした日本の学者の態度を改めるには自分の無学を吹聴することが先決問題である。今日、日本の学者の間に見られるこうした通弊は伝統と社会の風潮による。それゆえ、社会を改造しなければ、立派な青年は生まれない。(p.1)
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科学技術を考える グラフィケーション編集部

科学技術を考える@amazon グラフィケーション編集部 (- - 1985/6)
10 技術哲学 技術者はいま・・・・・・ 槌屋治紀 赤木昭夫
 技術者の二つのタイプ
赤木
 槌屋さんのやろうとしておられることは、どちらかと言うと未来的な事柄だと思いますが、現在がわからないことには未来もわかりませんから、ひとまず現代の技術者が持っている哲学とは何だろう、ということをテーマに、今日はいろいろお聞きしたいと思います。
 哲学と言うと何かしかめつらしくなりますが、要するにものごとの前提としてある「暗黙の了解になっていること」を解き明かすことだと思うんですよね。暗黙の了解になっていることを論理的に吟味し始めると、それが哲学ということに結果的になる。そこで、現代の技術者にとって、暗黙の了解というか前提になっているものとはいったい何なのかということを掘り起こすことが、現代技術の哲学というものを掘り起こすことになるのではないかと思っているわけなんです。
 そこで、まずお聞きしたいのは、どういう技術者がよい技術者ということになるんでしょうか。(p.229)

作曲家編曲家
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2008年06月06日

マクロ経済学専科 佐藤和夫

マクロ経済学専科@amazon 佐藤 和夫 (単行本 - 1989/6)
  • はしがき
     本書は、「マクロ経済学専科」と銘打った『経済セミナー』誌での16回の連載(1987年5月号―1988年8月号)に補筆し、さらに数章を書き加えたものです。

  • 終章 アメリカと日本のマクロ経済
    • アメリカ経済を下敷きにした経済学
    • 見えない握手
      第18章で示唆したように、アメリカのマクロ経済はケインジアン型の経済であるように思われます。
      アーサー・オークン〔1981〕アダム・スミスの「見えざる手」(invisible hand)をもじって、経済主体間には「見えざる握手」(invisible handshake)が働いて契約が長期化するので、アメリカのマクロ経済はケインジアン型になるのだと説明しました。
      「暗黙の長期契約」
      この状況ではマクロ経済の調整は、価格調整よりも数量調整に依存することになり、したがって妥当する理論もケインジアンの理論になるのです。
    • 見える握手
      日本のマクロ経済
      「見えざる握手」よりもっと強い「見える握手」(visible handshake)が働いています。佐藤〔1983〕
      ということは、日本経済はこの点ではかなり非競争的な経済だということです。
      こうして、非競争的な経済が逆に古典派型にみえてくることになるのです。
    • 日本のマクロ経済を理解するために

    • 参考文献
      Okun, A.,Prices and Quantities(Qashington,D.C. : The brookings Institution. 1981). 藪下史郎訳『現代マクロ経済分析――価格と数量』(創文社、1986年)。
      佐藤和夫「『見えざる手』と『見える握手』」『経済セミナー』(1983年12月号)、20‐26ページ。
posted by raycy at 08:29| Comment(0) | TrackBack(1) | 本メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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