2008年05月27日

機構学演習 (最新機械工学演習集成 3) 稲田重男 森田鈞

機構学演習 (最新機械工学演習集成 3) @amazon稲田 重男 森田 鈞 (単行本 - 1964/9/30初版発行、1975/4/5 17刷発行)
目次
第1章 機構における運動
第2章 リンク装置
第3章 カム装置
第4章 摩擦伝動装置
第5章 歯車
第6章 歯車列
第7章 巻掛け伝動装置
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2008年05月26日

ウソ力の鍛え方 絹谷幸二

ウソ力[想像力]の鍛え方ウソ力の鍛え方@amazon 絹谷 幸二 (単行本 - 2003/11)
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人間の歴史 M. イリーン、E. セガール、 袋一平

人間の歴史 M. イリーン、E. セガール、 袋 一平 ( (岩波少年少女文学全集〈29〉(昭和38年)1938?) 、(岩波少年文庫1986/11) )
(ページは、「岩波少年文庫186、昭和34年第1刷発行、昭和48年第15刷」版(公共図書館処分本)による)
はじめに
 ・・・・・・。
 どんな風に人間があらわれたか、どんなふうに人間は仕事することや考えることを学んだか、どうして火と鉄を手に入れたか、どのように自然を相手に戦ってきたか、どうして世界というものを知り、これをつくり直してきたか―そういうことについて書いたのがこの物語で、作者は1936年に仕事にとりかかりました。
 人間物語はいくつかの部門から成り立つでしょう。
 第一部では、原始人と原始共同体のことが物語られます。
 第二部では、
 第三部では、
 これにつづいて、・・・。さらにおしまいには、人間が自然の主人となり、地球のかしこい主人となって、ひとのものをとったり、人をどれいにしたりすることがなくなる時代、そして遠い宇宙の探検にもでかける時代を―つまり、未来を、すこしのぞいてみたいと思います。(P.7‐8)

人間―巨人
 ・・・・・・。
 人間が巨人になり、地上の主人となったという、そんなことが、いったいどうしておこったのでしょうか?
 つまりそのことを、これからこの本の中でお話しようと思うのです。(P.9‐10)
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2008年05月15日

Managing on Her Own: Dr. Lillian Gilbreth and Women's Work in the Interwar Era by Laurel, Ph.D. Graham

Managing on Her Own: Dr. Lillian Gilbreth and Women's Work in the Interwar EraManaging on Her Own: Dr. Lillian Gilbreth and Women's Work in the Interwar Era@amazon by Laurel, Ph.D. Graham (ハードカバー - 1998/1/1)
Figure 7. Chronocyclegraph film of fingers typing.(P.72)


Chapter 6
Maneging Women Cosumers

The progressive manufacture must determine the work his product should do and then make that product in such a way that it will do this work for its purchaser most effectively.(P.197)

Saving the Nation through Wise Spending(P.221)
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解析力学 小出昭一郎

物理入門コース 2 解析力学物理入門コース 2 (2)@amazon 小出 昭一郎 (1983)
ラグランジュの方法 マッハ絶賛、「思考の経済」の典型
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2008年05月11日

キーボード配列QWERTYの謎 安岡孝一 安岡素子

キーボード配列@amazonQWERTY@amazonの謎 安岡孝一@amazon 安岡素子 (単行本 - 2008/3)
引用者の大まかな読後感雑感
著作権侵害嫌疑について 近況
著作権侵害嫌疑をはらせるか、とりあえず晴らしたい記事から気の付いたときにリストhttp://www26.atwiki.jp/raycy/pages/42.html
旧況
著作権侵害通報を受けたgooブログ事務局から勧告があり 一部記事 が非表示状態です。記事中の参照先がリンク切れとなっていることがあります。嫌疑案件には本書に関連したスラッシュドット記事へのコメント に係わるgooブログ記事も含まれているようです。2007-07-09 18:50:17に著者氏のおひとりからのコメントを頂いて以来 幾ばくかの時が経ったが、通報というか、表明する機会は、通報に至る道しかなかったのかな、、。経緯の途中、、 
引用者は、QWERTY配列の成立過程のうち、ことにレミントン持込前までQWE.TY配列までを一つの画期とみて重視する立場である。この観点からだと、エンジニアの創造性の類型タイプを作曲家的編曲家的に二分したときに 
  • ショールズらのとった行動が、有能よいとされるどちらかといえば作曲家的なエンジニアの類型に共通にみられる問題解決課題達成実現の最善的アプローチであったと見做せるであろう。か? →予定、
  • またこのことは製品化再設計製造(販売)過程へ関与したJenneらにも、どちらかといえば編曲家的なエンジニアの類型のなかの良い部類として語り得るだろうか?
Q謎著者の一人のウェブ日記等での発言から、QWERTY前史、QWE.TY配列時代までと、安岡孝一(2005、2008?)「”タイプバー配置”と”キー配列QWE.TY”との弱関係性説」を知った。この点の検証が現状、本引用での中心的課題のようである。さらに、「タイプバー間の干渉」の検証。
あと、Davidらの論説とは何なのか?アンチQWERTYとは何なのか?

凡例:引用者の立場から見て
    疑義、疑念、反論、反証、矢印 → は(予定)リンク先
    真偽or適不適の判別が微妙なもの
    成立していると見做しているもの

「タイプライターのキーボードは、元々はABC順に並んでたんだ。でも、タイピストのスピードが上がるにつれて、タイプライターの性能がついていけなくなり、印字をおこなうアーム同士が絡まるトラブルが増えていった。そこで、アームの衝突を防ぐために、タイピストがなるべく打ちにくいようなキー配列をデザインした。それがQWERTY配列だよ」(P.@)
元々の発信英文を推定するような、遡及的補正操作を行えば、
論ずべき時期時点
配列の決定過程のうち、ABC配列から始まってQWERTYの大筋大枠が決まるQWE.TY配列に至るまでが、発信者がまずそじょう俎上に載せ論じたかった時期であろうと、、。

なぜなら
印字をおこなうアーム同士が絡まるトラブルが増えていった。そこで、アームの衝突を防ぐために、
とあるからである。
    ここのアームとは、
      タイプバーtype-barの、支点から遠い低い下の方の端lower end印字活字面のある先っぽの端の方long endまでの
    長い腕long armのことであるとする。

この
  • 「アーム同士が絡まる」的なこと ←手紙Sholes to Barron、
  • 「アームの衝突」 ←捜索中?「アームがrest on 乗っかってる」的なことなら”手紙ショールズtoバロン”にもあるが、衝突っていうと、wedged inとかstick fastとか、あと、clashだかなのかな?
このアームにまつわる問題を重視するのが、QWE.TY配列に至るまでの特徴とmy観るからである。
これが、Jenneらによって引き継がれ、量産製造において達成可能な製造精度との検討兼ね合いなどから、(特に象徴的には、)Rの移動を生んだとmyみる。そしてQWERTYUIOPとなる。
    (あと、キーボードのキートップサイズの小型化も?
      なんとなく、プロトタイプのほうがキートップがでかい。リリアンの指先二本分程度の直径に見える、キートップのサイズは、操作側ユーザー側の自由度拡大にも効く感じなのだが、、
      • IBMPCJrの初期ロット付属キーボードが評判悪くて無償交換されたのは、キートップが(四角くて)ちっちゃ過ぎたから?や
      • 親指シフトの大きな親指シフトキー、
      • ピアノを弾きこなせてるちっちゃな子供がなんとかしてピアノ曲が弾けてるわけ秘密?は音の減らしかた端折り方がうまい編曲の才?もあろうが、ピアノの鍵盤のキートップが指先サイズではなく、はるかに広い面積のどこもが同音を意味するからってのもあろう、、。
      キートップちっちゃくすれば、誤入力はそれは減ろうが、、?と、うがってみる、、)

(その場合、否、その場合でなくとも、)タイピストとは、typistは文献的には1943年以降に登場した見られるとされる。Online Etymology Dictionary:type ← (ウェブスター‐メリアン採録1943? ←)。だとすれば、この言説は1943年以降の文献記載となろう。
1872年ごろまでのtypistとは、いずれにせよ、文献的には1943年以降の人間が記した言葉であろう。???

1904ないし1907年ごろには、typistと記された文献あり。
http://raycy2.seesaa.net/article/104000623.html
てことは、会話ではもっと前から使われていたか??

英文、たとえば"She is a good typist."がある。ところで、
  • "He is a good swimmer."彼は、優れたスイマーだ。or彼は泳ぎがうまい。
  • "I'm not a good swimmer."私は泳ぎがうまいとはいえないorへた?かも。"

Specialist。‐istがつくから、‐er ‐or よりは幾分専門性を帯びているような感じもするが、
  • "I'm not a good typist."の例もあり、
  • "I'm not good at typing."
  • "I don't type good." これはちょっと変か?
  • "I type-write no good." ?
  • "I type no good." ?
  • "I don't type well." ?

  • ちなみに、人間類型としてのタイプtypeのattested用例は1934年から
    To be someone's type "be the sort of person that person is attracted to" is recorded from 1934. 
"When, if he was type-writing too fast or too quick, the operation that he just did had stuck fast some type-bars each other."てな感じがあったのではなかろうか?って、時制がめちゃくちゃかも、ですが、、。
この項、もうちょっと、リファインしないとね。(2008.06.26初出)

 ・・・。でも、この回答は嘘だ。全くのガセネタだ。
 タイプライターのキー配列が現在と同じQWERTYになったのは、一八八二年八月のことだが、その時代のタイプライターにアームなんていう機構はない。アームを有するフロントストライク式タイプライターが発明されたのは、九年後の一八九一年六月で、実際に普及するのは二〇世紀に入ってからだ。一八八〇年代には存在してないはずのアームの衝突を防ぐために、タイプライターのキー配列をQWERTYにした、なんてのは全くナンセンスだ。(P.A)
一八八〇年代には存在してないはずのアームへの反証:
  • 1872年7‐8月に存在するショート・アームロング・アームshort arm, long arm  ★19(P.31)のメカ説明文の部品(type lever)の解説のあたりを拡大鏡で見れば、見つかるでしょう。my目でも確認。印刷細密すばらしい。type-barはどこかな? あるいは安岡孝一氏ご自身が準備された資料でも参照できるかもしれません。[QWERTY直前のキー配列 - yasuoka の日記:]の「1872年8月10日のScientific American」記事リンク先をご覧いただきご自身でご判断ください。 [霊犀社2、非表示中かもいちおう表示回復中。あやういかな?] [yahooキャッシュ]
  • 「”てこ梃子”と(”支点”)そしてその”両腕”」といった概念が、記者の機構認識に存在し、それが読者にも時代共有概念として仮定できると踏んだからこそ、記者は説明理解参照イメージ体系に「lever (, pivot) and its(or his?) arms, one is long and short the other 」を選んだろう、すんなり頭に入ってくれると期待して。
  • type-barタイプ・バーmy初遭遇では、駆動原理がすぐには分からなかった、あとになって★19(P.31)の記事の説明に、type lever,(pivot) それにshort armとlong arm、それならなるほどと納得、分かりやすいかも。
    養老孟司の場合には、やまと大和言葉に落とし込んで腑に落ちるまでに、、といった具合に、養老孟司の場合、世界受容理解を支える言語ロンリ体系母語はやまと大和言葉と自身認識しているようである。少し昔の日本でなら天秤棒と説明したかもしれない 。今ならどうか?理科 教科書 てこ OR 梃子
    5年理科「飛脚になろう(てんびんとてこ)」
    ガリレオの講義本でもてこ梃子は機械の三要素の一つだったとあったようだった →。それだけ梃子には、言語概念文字コード列としての歴史性があるってことかな?てこ概念の歴史性はてこでも動じぬかぬ。?

 この『活字書字機械』は、しかしまったく実用的ではなかった。端のほうのキーになればなるほど、活字棒までの距離が長くなりすぎて、キーと活字棒をつなぐヒモがたるんでしまい、活字がちゃんと跳ね上がらなかったのである。また、…(11ページ)

1868年11月
1870年 4月
1872年 7月
1874年 4月
1882年 8月
キーボード配列の変遷(P.C)

★7 ヒューズとフェルプスが発明した『印刷電信機』(P.12)
・・・。三六個ものキーがあったのでは動作が安定しないので、ちゃんと動作がおこなえる二一個までキー数を削り[★8L]最終的には一一個までキー数を削って、特許事務所への提出用モデル[★9]とした。(P.14)
  • 二一個までキー数を削り[★8L]は変では? 
  • 特許事務所という日本語ならばは、弁理士事務所を意味するようだが、。 
★8 『タイプ・ライター』の特許出願用図面(P.14)
★9 特許事務所への提出用『タイプ・ライター』(P.15)

レイサムは、改良した『タイプ・ライター』にかなり自信があったらしく、一八六九年一〇月一八日付の手紙には、「この紙なら十分ぶ厚いだろう?」と手書きで書き添えている[★13]。しかし、改良した『タイプ・ライター』は、実用化するには、まだ不十分なシロモノだった。キーが二八個しかなく79、A〜Zとコンマとピリオドしかうてなかったのだ[☆7]。(P.22)

★13 一八六九年一〇月一八日付レイサムからデンスモア宛の手紙(P.23)
★16 一八七〇年四月二十一日付レイサムからウィラー宛の手紙(P.25)

 ハリントンの要求に応えるため、レイサムは発想を九〇度転換することにした。(P.29)

★19 サイエンティフィック・アメリカン誌一八七二年八月一〇日号の表紙ページに掲載された『タイプ・ライター』(P.31)
★21 デンスモアがE・レミントン・アンド・サンズ社に持ち込んだ『タイプ・ライター』(P.34)

・・・というのも、クリストファー・レイサム・ショールズにとって、このキー配列はあくまで通過点であり、商品化の時点でたまたま手元にあっただけの、文字をまあまあ捜しやすいキー配列に過ぎないからである。では、ク…・レ…・ショールズは、どういうキー配列を目指していたのか。・・・(P.40)

☆15 教師のアモス・デンスモア[492・495]

☆16 ジェームズ・デンスモアの娘婿に頼んで[437・494]
弟アモス・デンスモアの娘婿に頼んだ[380](P.40)

くだんの一件以降、(P.58)

カリグラフが軽いのは可鍛鋳鉄を使って強度上げているからで、ネズミ鋳鉄なんか使ってるレミントンの方が重すぎるのだ 152。(P.61)
ネズミねずみ
第5章 タッチタイピングの登場(P.85)

「タッチ」という単語
 このようないきさつで、「タッチ」(touch)という単語は、キーボードを見ないタイピング法を表すようになった。ただ、「タイピング」(typing)という単語が現れるのは、まだまだ先の話であり、その意味で、「タッチタイピング」という用語が定着するには、二十世紀を待つことになる。 (P.100‐101)
 そんな中、活字棒による印字機構では最も洗練されていたのが、フロントストライク式(★79「Frontstrike」参照)のドーアティー[★72]である。微妙な弧を描いた活字棒――それは、のちに「アーム」という名で呼ばれることになる――が、プラテンの前面を叩く方式であり、ペンシルバニア州キタニングのジェームズ・デニー・ドーアティー(James Denny Daugherty)が、一八九一年六月九日に特許出願したものだ226。(P.119)

★79(上) タイプライターの印字方式の分類(活字棒によるもの)
Different Type-bar Mechanizms(P.120)
アームなんていう機構)アームという機構説への反論:
    arm とは書いてない。メーカー寄り側の専門的な部品名は多くの場合ずっとtype-bar。ただし日本メーカーの呼称では type-arm, type arm が定着した模様。また、素人のあいだでも、通称通常の呼称としてはアームが多かったのではなかろうか?少なくとも日本ではそうだったろう、メーカー取り扱い説明書が(type) armだったとしたら、呼称タイプバーを知りえもしようもない。

    「アーム」という名で呼ばれるのは1872年でもアームと呼ばれてる。(P.Aへの反証参照)

    専門用語の歴史的経緯を重んじる保守性と
    素人用語のアナロジー性、機能の本質を捉えようとしての身体感覚への引き付けた理解受容性、特に日本人の見立てを通しての受容理解態度。
      日本ではまた、
    • バーの水商売への連想からの忌避もあったかも知れぬ。女性が扱うことの多い機械でもあったろうし。
    • 西洋での語源から一旦離れて、機能なり動きの本質をつかんで受容しようとする態度があったかも知れぬ。文字からでなく、見て盗んで覚える。黒澤貞次郎はアームに関しては何か語っていたかな?

    このような、専門用語と素人用語のずれはしばしば見られると思う。グランド・ピアノでは、タイプバーのロング・アームに相当するんじゃなかろうかと思われる部分に専門用語シャンクと呼ばれる部品があるが、音楽関係者(ピアニストか?)と思しき御仁がアームと呼称してあったりする。だが専門用語の世界では、アップライト・ピアノにおいても、これはtypewriterのfrontstrikeに相当するやに思われるが、シャンクはシャンクのままのようである。
    あるピアノ教師に聞いたところ、シャンクを知らず、一括全部まとめてハンマーと呼んでる、とのこと、、そんなもんか。
    「エネルギー」にも、専門家と素人の間にずれがあり「素人のいわゆるエネルギー」は、「ほぼ専門家のエクセルギー」とおなじである。

    口語と文語の違いみたいのもあるかもしれない。技術解説書に書かれている用語でメーカー寄り整備者向けぐらいまでのと、一般ユーザーとでは使っている用語が違ってるとか?
    人々の口に上っている表現が口語表現でまた別にあるとか。何か例あるかな?

ウォックオフ・シーマンズ・アンド・ベネディクト社の株式も特許も、全てタイプライター・トラスト、すなわちユニオン・タイプライター社の支配下にあるの・・・。実際、クラレンス・ウォーカー・シーマンズの証言で、ウォックオフ・シーマンズ・アンド・ベネディクト社の全株式を、ユニオン・タイプライター社が保有しているのは確かだった。(P.127)

第8章:ドボラック配列とアンチQWERTY説(P.155)

[ドボラックは]以下のようなアヤシゲな説を披露している。(P.156)
この奇妙で継ぎはぎだらけのキー配列は、クリストファー・レイサム・ショールズが断腸の思いで繰り返した実験の末、印字点における衝突や引っかかりが起こらないように、キーの配置を決めたものだ。(P.156)
太平洋戦争とドボラック(P.161)
 日米開戦直後の一九四二年、オーガスト・ドボラックは『ドボラック平易化タイプライターキーボードにおける動作研究』というサイレント映画を発表した382。・・・ドボラックはこの映画の字幕の中で、・・・
ここに示したのは、一八七三年にクリストファー・レイサム・ショールズが製作した初期のタイプライターのひとつである。これら初期のタイプライターでは、鉛直に張られたワイヤーが、プラテンの下に円形にぶら下げられた活字棒を動かしていた。・・・(P.161)

日米開戦直後の一九四二年への言及の山田尚勇(2002)との著しい差異。
  1. 山田尚勇はこの年をDvorakにとって試練のとしと見做している。真珠湾攻撃が時代を
    • 多様性確保未来選択のバンド幅発展可能性余地の切捨て
    • 目先の生産上の効率化、単一種キーボード配列機への生産シフト、既存品の仕様改造へと導き、先行仕様機種であったQWERTY配列での統一へと有利に運んだとする、ような。
  2. 公式記録はあるものの、その影響の評価は難しい?と判断してのことか、安岡(2008)では不言及。

…『ショールズ・アンド・グリデン・タイプ・ライター』のキー配列は確かにクリストファー・レイサム・ショールズが決めたものだが、内部の活字棒の配置を決めたのは、E・レミントン・アンド・サンズ社のジェファーソン・ムーディー・クロー()とウィリアム・マッケンドリー・ジェンヌ()だ。したがって、『ショールズ・アンド・グリデン・タイプ・ライター』における活字棒の配置をいくら調べたところで、QWERTY配列の意図などわかるはずもない。
 また、「異なる四分円に入るよう」というのも、そもそも大嘘だ。英語の連続する二文字のうち、最も使用頻度が高い「th」に関しては確かに『ショールズ・アンド・グリデン・タイプ・ライター』において、「T」と「H」の活字棒はほぼ対角上に位置している。しかし、その次に使用頻度が高い「er」+「re」に関しては、活字棒はほとんど隣り合わせに配置されている[★111]。「異なる四分円」なら九〇度以上離れていなければならないが、事実はそうなっていない。(P.162)
「異なる四分円」なら四十五度以上離れていればよく、九〇度以上離れていれば「異なる二分円」に属することになるのでは? 
タイピストのスピードを遅くするためのキー配列(P.169)

・・・デービッドの論文『女神とQWERTY経済学』・・・
四本指の目視タイピングに比べて、明らかな進歩といえる「タッチ」タイピングの降臨は、一八八〇年代後半に起こった。「タッチ」タイピングという改革は、その出自においてレミントンのQWERTYキーボードに適応していたため、決定的なものとなった。(P.172)
この部分Davidは進化論的な、新評価基準環境条件下でのよりましな最善者生存的な過程と見立てて書いている、と思う。購買者の選択肢の中では、時代の要求タッチシステム鍵盤ノー・ルック打鍵∧見るのは原稿時々出力?ってなのに選択肢中最善であった。
なぜ最善であったかといえば、他は後発、頭でっかちで設計主義で、時代の要求サイトメソッド(とタイプバーの干渉問題など)に最適最善化させて狙いすまして市場をとりにきてるからで、でもそれ、はずれちゃって、取らぬ狸。→
頭でっかちの後発組に対して、先発のQWERTYはというと、
  • 1872年2月のQWE.TY配列までは、実機実地フィールドテストで次つぎ現れる問題への技術主導での試行錯誤対応での最善化チューニング。その試用現場からのクリティカル(ってのが訳としては何がいいのか、、)な淘汰圧としての要求課題としては、アラインメント行文字揃え、印字棒の絡み(は、あったとするmy立場。Current1949説を一応支持、ただし依拠論拠史料確認済み手紙はまだ一通 のみ。もう少し確認取りたいところ、、。)、、。
  • 1873年3月-製造開始(いつ?)まではというと、設計方針が技術主導から、販売よりな意見が入った?せいか?若干方針がぶれた?若干方針に修正がはいった? この辺は仮説的になる。Currentら先人はどう解釈したのであろうか?ちなみに、ずっと下って製造社の末裔レミントン・ランド社の強みは技術力より営業力販売力マーケッティング力に定評があったという時期もあるようだし、その祖先にも、マーケッティングのカンが働いたのだろうか?RとPを移動させてからの発売、最下段右下隅でのRPじゃ語呂が悪いと思ったか?じゃないだろう、やはり打鍵の打ち勝手、使い勝手が、そうさせた面はあろう、技術進歩、タイプバーの支点軸受け部の精度向上の到達具合と、。そして現在、RとPは鍵盤のQWERTYの段へと並び揃えられたそのままを留めていて、この段だけで TYE WITE と打てる。
    あと、最初の大口?予定顧客Stagerの要求か?縦三点リーダー?って電信で使う記号だったのかな?

  • 大文字小文字時代に入ってはカリグラフにリードを許したんだっけか?。だが、
    1878年レミントンNo.2で小指シフト式投入したことによって、事情が変わってくる素地はできる。これより、
    大文字小文字時代打ち分け時代に入った。だが、この機構に満足できないユーザー層を見込んで4年後、大文字小文字を独立キーに配したアルファベットダブルキー複式機カリグラフ モデル2だかを投入した。こっちのほう、複式機の黄金?時代はその後4045年だか続いたとか山田小勇(2002)にあったから、1882+45=1920年代後半まで?
    シフト式のほうはというと、だが、あとは、機構が洗練されるのを待つ必要があった。1990年代も後半ごろの製造精度が要求されたんではなかろうか。
    というのも、ブリッケンスダーファーの黄金時代というものも1990年初頭ごろだっけか?にあったからである。タイプ・バー方式は、機構の安定運用性において、タイプホイール式に、少なくとも(家庭用機など低価格品低級機において?あるいは)ポータブル機では、はるかに及ばなかったようである。タイプバスケット機は重かったってことかな?ブリッケンスダーファー機などは、圧倒的に少ない部品点数で、タイプライターを実現してみせた、、しかも半ヴィジブルで、

      だが、タイプ・バー方式は、洗練されてみれば、印字のエクセルギーが、これら機構の中では小さかったのかもしれない、というのが、my仮説であるあった。打鍵印字のエクセルギー効率。
      あるいは、だがそれはへんだったかも?タイプホイール機は、低頻度文字の応答性の悪さ、あるいは、低頻度文字のストロークの深さ。ともかく、応答性がらみか?高頻度文字ほど低エクセルギー消費で、低頻度文字ほど高エクセルギー消費な、各打鍵への不平等不均等なエクセルギー燃費割り当て構造。こっちの方が大きいのかな?
      リズムよく、ぼんぼんボンボン打鍵できなそう、、。打鍵エクセルギー消費(コスト?)の文字出現頻度による不平等割り当てが、入力には、あまりよろしくない?
      タイプバー式だと、人間の指先出力による、各タイプバー駆動力への均等負荷。その要求される均等負荷が、人間の指先が出力しうるエクセルギーとうまいこと折り合いがついたってなところがほんとのところか?だが然しその負荷の程度ってのが、今日言う”タッチ”とは程遠い”タッチ”エクセルギー出力というのか”タッチ”にパワー?ちから力が、駆動力としての”タッチ”が要求された。小指にも、、?当初はシフトキー、小指操作とは考えてなかったかも、あれ?シフトキーの復帰はバネ?坂傾斜?
      電動と手動とでは、負荷状況は違ってはいただろう、、
      いま電子式を使っているとほとんど無段だが、機械式時代は三次元段構造だったってことも、負荷に影響を与えよう。なんで、段が必要だったのだろう?それだけストロークが深かったってことかな?すると、指先はゆるく曲げてわんきょくさせとかないと、簡単に下の段のキーに触ってしまうか。で、段が必要?今日の打鍵法では、指の曲げは、少なめ?それでも結構曲げてるようだなあ
        なんで、段が必要だったのだろう?それだけストロークが深かったってことかな? 

      ではなぜ、IBMセレクティヴセレクトリックがタイプホイール系なのか?それはフォントセットの変更がタイプ・ボールを交換するだけで実現できたから、と、my推察する。それと、電気はふんだんに使っちゃえ、たいした量でもないんだし、ってのもあったかな?ともかく、出力の文字修飾性とか、文字の多様性、そういった、同エクセルギー消費の転化による出力にもかかわらず、多様な様相を示す、その多様性に価値を見出す、そこにネゲントロピー的価値が現れていると見る。
      すなわち、ネゲントロピー次元で統一的に評価することによって、エクセルギー効率的には、あるいは、応答性的には劣るものの、バッファリングが可能になったこともあろうか、あと、どうせモーターで力技でぶん回せばいいんだから。それより多様な表現ヴァライェティー、そっちのネゲントロピーでお釣りがくる、という、そろばん勘定が形成されたのかな、てなmy仮説。

      そして、現代。パソコンをタイプライターの延長上にみなせば、その表現形は確かに多様ではあろう。そして、裏方のマシンは、CPUどうせぶんまわせばいいんだから、ってとこも、一緒だったりして?

Reminton's配列に都合がいいように、タッチ・タイプ-ライティングを仕掛けた?面もあるかもしれない。訓練されたタイプ-ライターの話?確かに、女性書記だかは格段に増えているので、そうか?ウォックオフ・シーマンズ・アンド・ベネディクト社が出したパブリック・リレーションズ本の中身によるなあ。どんな操作法を誰相手に広めようとしてたんだろうか?Wickoff,Seamans & Benedictらが、シフト式レミントン配列のノールック打鍵市場優位性に気づいてからは、そこをセールスポイントにプッシュできただろうが、。Visibleに成ったればこそ、原稿と出力をチラ見する必要も出てきたか?
売りつけ先拡大の終着は、一般人でもタッチシステムできるという新常識を築くことであり、ギルブレス後1916?かも知れぬ。→
山田尚勇(2002)によれば、1920年ごろまで複式機がいたというし。一般人にはやさしいサイトメソッドってな?。だが、46鍵ぐらいから?50鍵越えでは、タッチ・システム獲得は急に困難になると山田尚勇(2002)。
また、タッチ・システムの対抗配列案も、1910年代に顔を出してたんではなかろうか?後発で、設計主義で。(小指?)シフト式の合理配列。
そこで、ギルブレスの教授法で、リード逃げ切り追い落としにかかった。てな。

山田尚勇(2002)は、まずタッチタイピストみたいのが1910年から1914年ごろに多数成立してきて、ってなことだから、職業タイピスト界でのタッチタイプの常識化が、ギルブレスの関与以前に成立していたのかな?
それの、一般人への敷延? どうか。
・・・。「市場の失敗」とは、市場の自由にまかせておいても最適なものは選択されない、という経済学説であり、市場放任主義を批判する立場である。つまり、「効率の悪いQWERTY配列」が「自由市場を独占した」のは、タッチタイピングを背景とした「収穫逓増」あるいは「経路依存性」の結果であり、それは「市場の失敗」の代表例だ466 477というのである。(P.172)

 ・・・、という筋書きが最初からあって、それに合わせるために、デービッドはQWERTY配列の「歴史」を捏造したわけだ。デービッドの描く「歴史」においては、一八八〇年代に現れたタッチタイピングは、QWERTY配列のみでおこなわれ、他のキー配列ではおこなわれない。・・・(P.173)

 ・・・。あるいは、デービッドの描く「歴史」においては、タイプライター・トラストなど存在せず、一八九〇年代のタイプライター市場は、完全な自由市場でなければならない。もしデービッドが、一八九〇年代に端を発するQWERTY配列の独占に関して、タイプライター・トラストの影響を認めていまうと、当時のタイプライター市場が実は自由市場ではなかったということになり、「経路依存性」だの「市場の失敗」だの、議論できなくなってしまうからである。・・・。QWERTYがもし、そこそこの効率のキー配列であるなら、それは「市場の失敗」とは言えないからだ478。(P.173)

・・・。それは日本でも同様で、一九八七年一月、東京大学の坂村健が「アンチQWERTY説」を、
初期のタイプライタは機構が稚拙で、印字速度が速くなると印字棒がすぐ絡むという問題があったこれを解決するように試行錯誤で決められ――つまり速く打てないように決められたのが現在の配列である。この配列は、下から三段目の左から "Q" "W" "E" "R" "T" "Y" とキーが並んでいることからQWERTYキーボードと呼ばれている。
という文章で流布した470,472直後に、一橋大学の今井賢一473や東京大学の石田晴久が同じように「アンチQWERTY説」を引用し、あっという間に日本中が「アンチQWERTY説」で埋まってしまった。(P.174)
  • 初期のタイプライタは機構が稚拙で、印字速度が速くなると印字棒がすぐ絡むという問題があった。の例証:(非表示 の経緯 。代替)
  • 日本語、――つまり、について  

・・・「アンチQWERTY説」は都市伝説としての典型的要素を備えていた、と言えるだろう。都市伝説が流布するためには、それが常識的な感覚では突飛なものでなければならない。かつ、それに対してムリヤリに合理的な説明が試みられて、真実味を増そうとする458。(p. 174-175)

でなければならない 
・・・458。「アンチQWERTY説」の場合には、まず「タイピストのスピードを遅くするため」という部分が、かなり突飛である。わざわざそんなことをするなんて、常識的に考えるとどうかしている。そこで真実味を増すために、「活字棒がすぐ絡むという問題があった」ので「これを解決するように」という説明が、アトヅケで加えられたわけである。さらに日本では「活字棒」(typebar)という単語が分かりにくいために、フロントストライク式タイプライターの「アーム」という単語に変化してしまった474,484,490。(P.175)

    速く打てない(坂村健)をスピードを遅くする(安岡たぶん孝一)と定式化する態度への疑念:
      命題の真偽を問う以前の問題として、問題の論証対象命題としての定式化があろう。問題がわかれば、解決したようなものだ、などとも言われるし、結構重要なポイントかも?

      集合Ωが離散要素{a,b}からなり、一つを取ったときにaでなければ、取り出したものは、bであろう。 ¬a⇒b 

      速い 遅いはどうであろうか?
      ローカル線、各駅停車の旅、なんてのがある、関口弘の息子とか、。
      遅すぎる、いや、速すぎるのもどうかと思う、、、

      機械は、いや、このくらいで勘弁しといてくださいよお、おねがい、という。

               巡航速度
                中速
      遅い ≪<<<―――+―――>>>≫ 速い
      速い、遅いの二者択一的な選択速度集合としての速度集合認識を前提しているのかな。

      坂村表現も、ちょっとあれだが、だが、日本語の特徴をも現しているようであった。
      古来、日本語は、、、するべからずである。否定形表現がもっともあいまいさを排除すると、どこかにあった。 ←
      日本語に訳されたときに、否定形を以って訳され、移入される、ないし、否定形を以って、情報流通をつかさどる要所で、表現しなおされ流通していく。誤解を生じさせないための、できるだけあいまいさを排除した表現形へとかたちを変えつつ。、、 かな?必ずしもだんだん正確になるとは限らん。だからこそ、情報送出においては、否定形表現が多用されてきていたのであろう。
      そして、だが、現代、。

      あと、fast slow に対して、quick slow もある。平均速度の問題ではなくて、ピークカット、突発的なすばやい、短時間間隔の打鍵が対策対象なんだけれども、平均速度の話になっちゃっている。結局は平均速度にも効いてくるし、思考速度への阻害要因ともなりかねないのだけれども、。
      fastには”stick fast”で、jam という意味になるらしい。ファスナーのfasten のファスト 突っ込んで固まっちゃう詰まっちゃう、押しくらまっちゃう、ん、なんてんだろう。
      結構、命題の元の英文を考えるのもおもしろかったなあ、日本語の特徴、翻訳の怖さが端的に現れやすい文章なのかも。

    「活字棒がすぐ絡むという問題があった」ので「これを解決するように」という説明が、アトヅケで加えられたへの反証の例証:
      とりあえず Sholes to Barron 1872.6.9のレター 
      これは興味深い、 後ほど解説を加えようとも思うが、、ってのが (非表示 の経緯 。代替)

      Current(1949)が参照する他の、注の22や26の、デンズモアの手紙とか、にはなにがあるんだろうか?

    日本では「活字棒」(typebar)という単語が分かりにくいへの疑義
      タイプ・バーという単語は、アメリカ人にも分かりにくいのではないか?素直には。★19(P.31)でタイプ・ライターとファーストコンタクトの記者は、活字棒をtype lever 活字印字てこ梃子と表現し、短い腕の端をワイヤーで引き下げることによって、長い腕アームを振り上げたたきつけて印字するメカニズムを説明する。(P.A反証参照) ←
      ショート・アーム。はじめて見たが、なるほど、タイプ・バーって長さの極端に長短な両腕をもつ構造っだったんだ、と、改めて再認識。
      タイプバーと命名された経緯のほうに、何か理由があるのかも、とも、感ぜさせる。
      記者は読者に分かりやすく伝える役であり、そのためにまず自分が受容理解してそしゃく咀嚼かみくだいて説明する。記者が単語熟語?タイプ-バーを知らなかったかどうかは分からない。

    フロントストライク式タイプライターの「アーム」という単語への疑義
      「アーム」が単語として、呼ばれた呼称として、機構として現れる。
      機構とは、いかがであろうか?アームarmという単語は、部位は異なったかも知れぬががSholes特許にも出てくる。タイプバーの部位ないし部分、一体成型でなければ、タイプバーを構成する要素部品名ぐらいではなかろうか。そして、働き動きを、腕に見立てうるから、アームなのだろう。
      日本語だと、腕に見立てるなら、やじろべえ(い?)であろうか。
      てこ梃子の両腕、その一方を引き下げると、反対の腕が持ち上げられる。シーソー?はあんまり腕とはいわないなあ。なんだろ。
      あちらには参照イメージとして投石器なんかもあるだろうからなあ。てんびんがあった天秤の両腕。両足とはいわぬ。


・・・全指タイピングやタッチタイピングは、ユーザー側によって開発されたものだったが、それだって、元々はQWERTY配列に限定したものではなかった。それを、ウィックオフ・シーマンズ・アンド・ベネディクト社が、あたかもQWERTY配列限定であったかのように、歴史認識を歪めてしまったのである。(P.185)

 だがこれは、、無批判に引用してきた、、、、(P.188)

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引用図版一覧
★7 アメリカ特許第26003号[33]図1
★21『タイプライター物語1873‐1923』[332]55ページ(P.192)
----------------------------------------
参考文献
33 Geo,M.Phelps:Improvement in Telegraphic Machines. United States Patent,No.26003(Novemger 1.1859)
79 
152 
332 The Story of the Typewriter 1873-1923.Herkimer County Historical Society , Herkimer (1923) (P.198)
380
433 Parkinson"Dvorak"1971
438 Parkinson"Dvorak"1972
458 Jan Harold Brunvand ;The vanishing hitchhiker : American urban legends and their meanings : pbk. Norton, c1981, xiv, 208 p..
466 Farrell, Joseph and Saloner, Garth, "Standardization, Compatibility, and Innovation,". Rand Journal of Economics, Vol. 16, No. 1, (Spring 1985). pp.70-83.(P.193)
477 W. Brian Arthur "Competing Technologies, Increasing Returns, and Lock-in by Historical Events,". The Economic Journal, Vol. 99, (March 1989), pp.116-131.(P.193)
478 "Fable of the Keys"
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2008年05月10日

「お金」崩壊 青木秀和

「お金」崩壊「お金」崩壊 (集英社新書 437A)@amazon (集英社新書 437A) 青木秀和@amazon (新書 - 2008/4)
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2008年05月08日

複雑系を超えて―カオス発見から未来へ 上田ヨシ亮、稲垣耕作、 西村和雄

複雑系を超えて@amazon―カオス発見から未来へ 上田 ヨシ亮、稲垣 耕作、 西村 和雄 (単行本 - 1999/2)
1 カオスの本質(カオスの本籍;カオスは至極当然な自然現象;第一世代のカオス研究者達;最先端の研究と言われだした時でも既に遅い?)
2 複雑系経済学とは何か(新古典派経済学とは何か;日本の経済政策;カタストロフィーからカオスまで;複雑系からポスト複雑系)
3 生命と知能を考える情報物理学へ(複雑さの科学を再考する;生物界と無生物界は異なるのか;カオスの縁の自己組織化法則;情報の法則も自然法則である)
4 カオス―起源から未来へ
http://www.iic.tuis.ac.jp/edoc/journal/ron/r2-3-3/index.html
複雑系経済学とは何か(目次):西村和雄
東京情報大学研究論集Vol.2 No.3(1998.4)pp.147-168
[目次]
第1章 新古典派経済学とは何か
第2章 日本の経済政策 バブルへの道
第3章 カタストロフィーからカオスまで
第4章 複雑系からポスト複雑系
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2008年05月07日

医学用語の起り 小川鼎三

医学用語の起り (1983年) 小川 鼎三@amazon (- - 1983/1)
へーストル
ハイステルHeister

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小村寿太郎とその時代 岡崎久彦

小村寿太郎とその時代―The life and times of a Meiji diplomat@amazon小村寿太郎とその時代―The life and times of a Meiji diplomat 岡崎 久彦 (単行本 - 1998/11)
あとがき
 なお、文献については、ほとんどは孫引きである。かつて『陸奥宗光』を書いたときはすべて原典にあたって見たが、その結果得た結論は日本の学者は良心的であるということである。たとえ、結論は偏向している場合でも引用そのものは原典にあたって見ると極めて正確である。・・・原典にあたる・・・一々それをやると無限の時間がかかり、通史を書くこととは両立しなくなってしまう。
 日本近代史は、すでに多くの優れた研究者によって掘り起こし尽くされている。本書の目的はそれ以外の新しい事実を発見することではない。それは今後益々出て来られるであろう優秀な若手の学者たちのお仕事であろう。
 ・・・本書の目的であるのは、そうした正確な事実と事実の間のけいちょう軽重のバランスを誤らない歴史を書くことにある。
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いますぐ始める お父さんのためのピアノ講座 (NHK趣味悠々) 斎藤雅広

いますぐ始める お父さんのためのピアノ講座 (NHK趣味悠々) 斎藤 雅広@amazon (楽譜 - 1999/9/29)
練習を始める前に
すべての指をスムーズに動かすために
■指番号について
左手右手
5432112345
小薬中指親親指中薬小

椅子の高さを調節する
曲を弾く前の指のウォーミングアップ
練習A
練習B
練習C それぞれの指が独立して動くようになるまで、ゆっくりからだんだんテンポを上げて練習します。

右手 5454・・・・|5454・・・・|小薬小薬・・・・
   12親指・・・・|
-----------------------------------------------------
左手 12親指・・・・|
   5454・・・・|5454・・・・|小薬小薬・・・・


より良いコンディションでピアノを弾くために
ピアノと調律
調律の手順
調律後のピアノのコンディションを保つには
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2008年05月06日

船場道修町―薬・商い・学の町 三島佑一

船場道修町―薬・商い・学の町 三島 佑一@amazon (- - 1990/7)
最初の洋名売薬ウルユス

 ウルユスを緩下剤なりとする説は、必ずしも妥当でない。(調剤学 清水藤太郎)(P.91)

ULUUS 小学館「幕末・明治KANBAN展」表紙より( P.90)
ULUUS ウルユスの箱の表書き(P.92)

「回斯篤児(ヘストル、三島佑一による振り仮名?)(外包の写し)」(松浦静山著『甲子夜話』続篇巻五十七、1831年頃)
Haaster 大島蘭三郎 出島蘭館医のリスト
ヘーストル Haaster説(医史学 小川鼎三)

田中香涯「江戸時代の売薬」
マアストカートル(蚊取器)、オストデール(万年糊)(平賀源内)


かすかにだいおう大黄のにおいのする下剤であったようである。

表紙に選ばれたウルユスの看板は、その後偽者が法外な値段で出るようになった。
 ------------
参考文献
清水藤太郎「日本薬学史」南山堂 昭和24
森 斧水「開化売薬奇談ウルユスの話」黒船 15巻2号 昭和13.2
田中香涯「江戸時代の売薬‐ウルユス」黒船 15巻2号 昭和13.2
小川鼎三「ウルユスの話」(医学用語の起こり)CREATA 14号 昭和44.6
山崎 佐「ウルユス雑稿」日本医事新報 700号 昭和11.2.8
平安堂閑話「ウルユス」薬局 22巻6号 昭和47
大島蘭三郎「出島蘭館医リスト」日本医史雑誌 10巻 昭和37.5
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2008年05月01日

統計学でリスクと向き合う 新版―数字の読み方に自信はありますか? 宮川公男

統計学でリスクと向き合う統計学でリスクと向き合う 新版―数字の読み方に自信はありますか?@amazon 新版―数字の読み方に自信はありますか? 宮川 公男 (単行本 - 2007/10/25)
生産者危険 消費者危険 (P.141)
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基礎 統計学ハンドブック (現代人の学習選書シリーズ) 猪股 清二

基礎 統計学ハンドブック@amazon (現代人の学習選書シリーズ) 猪股 清二 (新書 - 1990/4)
生産者危険率 消費者危険率 日本工業規格(P.211)
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